昭和48年/昭和49年(1974年)の時代背景・流行・音楽・社会・秋田での暮らしを徹底解説。
昭和カルチャーを振り返るシリーズ第○弾。地域ならではの視点で当時の空気感を紹介。
昭和49年(1974年)は、日本が戦後の高度成長期を経て、次の時代へと動き始めた年でした。
当時の暮らし、音楽、テレビ、流行、そして秋田の地域文化まで、昭和49年の空気感をわかりやすく紹介します。
昭和49年は音楽シーンが活発化し、多くのヒット曲が世に出ました。
フォークやニューミュージックの流れが強まり、ラジオ・テレビの影響力が大きくなっていきました。
- フォークソング
- ニューミュージック
- テレビ音楽番組
これらが当時の若者文化を牽引しました
◆この時期といえば、オイルショックや48豪雪

昭和48年 豪雪
秋田市手形赤沼入口 奥が現在のいとく東店前

昭和49年 3月
秋田市手形に開店
一ノ関時計店


左側はパチンコ店→いとく東店と変わりました
まだ奥も空き地が見られます。
昭和49年のファッションは、独自の個性とクラシックさを併せ持っていました。
ジーンズ、Tシャツ、シンプルなコーディネートが流行し、洋楽文化の影響も受けていました。
また、この頃のカルチャーは今のストリートファッション・音楽文化の源流とも言えます。
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